オワ丸(24歳精神障害者のブログ) ※更新していきます!

かなり月日が経ちましたがまた記事を書くかもしれません。

引きこもってる時は本当に自殺出来たら良いのにと思っていた。

俺の場合は自分の将来に絶望して引きこもるようになった。通信制高校卒だけの俺は何をやってもダメだと思うようになっていた。大学に行けない自分のことをコンプレックスに感じていた。予備校を途中で辞めたことも大きなトリガーになっていたかもしれない。その事から浪人してこれから1年頑張ろうという気にもならなかった。そして生んでくれた親を責めた。こんなクソみたいなシナリオが俺の人生なのかともういっそ殺してくれとそういった脅迫めいたことも言った。親に手を出してしまったこともあった。何にもしてやれないのに俺を生かし続けるのかとそのことを不愉快になった。その癖自分自身を殺すことが俺には出来なかった。首吊りや飛び降りそういった類いのワードを検索しては勇気が出ず、死ぬことの苦しさ、恐さを考えては結果引きこもるということになった。精神が安定している時は大丈夫だが、近所の騒音、周りの目、自分の将来の事となると取り乱し両親に文句を言った。手を出した。今は最低だと思えるが、その当時は自分の事を抑えるので精一杯だった。外見が、ルックスが悪いのも引きこもりたくなる要因になったと思う。その事を悔やんだ。他人になりたいと願った。実家の隣の家の騒音がひどいから、転居先として母方の祖父の家に住むようになった。そこでも問題は起きた。田舎なので家はほとんどないのだが、祖父の家から50メートル先の一軒家が四六時中犬を吠えさせたままにしていたのである。これで俺のストレスはMAXになった。両親に頼んでその家に「犬を静かにさせてくれ」と言いに言った事もあった。3回も言いに言った。だが田舎の自己中心的な人間なのか「吠えさせるのを止めることは出来ない」と言い、代わりに「あなた私の犬を殺せと仰っているんですか?」と取り乱し始めた。そして嫌な言葉をそのババアは俺に吐いた「あなたが働きもせずに家にずっといるからそういう些末な事が気になるんでしょう」と。
こいつら家族は犬の事を優先し直す気が微塵もなかったのだ。逆に受け入れろと開き直ってきた。その事が原因で、言っても直らないことが原因で、俺はストレスフルになり改善しなかったそのババアにじゃなく両親に手をあげた。悩んだ両親は一家心中する決意をしたが、俺がその事を認めずに暴れ、悩んだ両親は祖父と相談をし警察に電話をし、警察が祖父の家に来た。その時俺は「人生が終わったと思った、底に着いたんだと思った」。警察も俺が手を挙げたという結果にしか注目せず、「何しとん」「こんなの普通ダメでしょ」的なことを散々言ってきた。その時警察は知った気になって俺という犯人を特定したなら、そいつの意見には耳を貸さないんだと分かった。そして警察に連れて行かれて精神病院に2ヶ月(本当は3ヶ月だった)入院することになった。そこでの体験、経験が俺の今の人生にプラスに働いている。年が19歳の子や40代の大人の方、ご高齢の方など様々な人が色んな事情を抱えて俺と同じ様に入院していた。病院のスタッフの方や、作業療法士の方、患者の方とコミュニケーションを取っていくことで生活習慣もより良い方に改善されたと思う。患者の人達が色んな悩みやアドバイスをしてくれた。他人と関わることの重要性を知った。世の中嫌な奴ばっかりじゃないんだって事も知れた。どなたか名前は言えませんが本当に感謝しています‼️今の俺があるのはあなた達のお陰です‼️(中には嫌な事を言う人もいたけど。) この経験、体験が人と関わる上でのベースになっていることは間違えなく言えます‼️ 退院後はまた引きこもっていましたがw